>杣の杜学舎について
yamanakatitle
yamanakaintbox01

いちから組織を作っていくのに惹かれた

寺田(以下、寺):
山中さんは森林文化アカデミーの1期生で、鈴木さんの「NPOを作ろう」という呼びかけに1番に応えた人物ということですよね
森林文化アカデミーに入るときにNPO活動をしようと思っていたんですか?

山中(以下、山):
いやぁあの時は気軽に言っちゃって…。実は、その時はNPOが何かというのも知らなかった(笑)。
既成の団体、例えば森林組合とか、林業事業体とかに就職するよりは、一から組織を作っていくところが惹かれたのかなと思う。
そんなに深くは考えてなかったというのが正直なところです…。
自分なんか素人でアカデミーに入ったから、まだまだこれからスタートというか、それなりの就職先も紹介してくれるんだろうななんて思っていた。 そしたら鈴木さんから紙が回ってきて「あぁこういうのも面白いかもしらんなぁ」と思いました。

寺:アカデミーに入ったときには作業班への就職を考えていたんですか?

山:どんな仕事があるかもイメージ的によくわかってなかった。まずイメージするのは実際に山に入って、木伐ってという作業班。
まぁ、僕自身は最初の会社にいた頃に、その会社に行き詰まりを感じてたのもあるんだけれど、90年代の終わり頃から、 環境問題に関心を持つようになって、それと同時に趣味でアウトドアもやり始めたり、

寺:カヌーですか?

山:カヌーはもちょっと後。キャンプとか、自然に関心を持ち始めたというかね。で、その頃に「岐阜県森林愛護隊」ていうボランティア組織ができて、募集をしてたんで、 さっそく応募して。当時隊長は舛添要一さんだったけど、、、。直接会えんかったけど。

寺:当時、環境問題の盛り上がりと合わせてそのボランティアも盛り上がりがあったんですか?

山:今みたいな、エコだのていうように関心が高いわけじゃない。そこまで行ってない時代だったけど、関心がある人の中では、 長良川河口堰の問題なんかもあったし、あの頃、ぼちぼち波が来はじめてた頃かなぁ。 で、「岐阜県森林愛護隊」にぼちぼち行って、下刈りとかが多かったんだけど、あぁこういう仕事もあるんだなぁて、かなり漠然とですけど、 環境を守る仕事をしたいなぁって。

で、会社を辞めて、本当は、CWニコル氏が「レンジャー養成専門学校」て既にある専門学校にそういうコースを作ったんかな。 そこに入ろうとしたんだけど、周りにも反対を受けてちょっと断念しまして。
結局1年くらいプータローをしてて、その中でいろいろと探したり、環境問題関係の勉強会に参加したり、 でも、いきなり仕事に就くには、あまりにも技術や知識などがないことを痛感しまして。 でもいつまでたってもプータローしているわけにもいかないので、とりあえずまた仕事を探して、たまたま土地家屋調査の会社に。
で、5年勤めて。『BEE-PAL』てアウトドア雑誌にアカデミーの広告が載ってて…。「来年度からこういう学校ができます。説明会やります。」 説明会を聞きに来て、「おっこれはおれが求めてるところじゃないか」と。説明会も人が多かった。

学校はまだできてなかったけど。とりあえず試験受けてみて、受かったら思い切って入ってみようと思って受けて、ま、ほとんど受からんだろうと思ってたんだよ。
僕らのときも3倍か4倍くらい来てたんで、受けに。良く受かったなと思うけど。

寺:難関だったんだ。どんな試験だったんですか?

山:国語とね英語が筆記試験であって。あと面接。面接も教授陣がだっと並んで、俺1人に。 ダメ元で受けたら受かっちゃったんで、これはもう「もう1度人生やり直すぞ!」と。
今回は既成事実を先に作って、受かっちゃってから「行きますよ」って言って。 両親は人生に冒険をさせたくないタイプだったので。

入って数ヶ月は普通に授業受けたりしていて、学校の方から一人ひとり面談で就職とかどうするんじゃというのがあって、 アカデミーで実習とかやってて、技術がしっかり身についてないときに、NPOとかでやってて大丈夫かなと
アカデミーの先生も、卒業して実際の現場に入って、細かいことやつっこんだことを身に着けた方がいいんじゃないかなと言ってて、 何年かしてから杣の杜にということも考えた。

鈴木さんから「卒業してすぐ仕事としてやりたいから、在学中のうちにしっかり技術を身に着けといてくれ」と話があった。「やってくれるよな」と言われて、 「俺一人欠けたら成立しんな」と思ったし、「するなら、立ち上げ時からやった方が良い」と言われたことで「なんかわからんけど、とりあえずじゃぁやってみるか」と。

始めたころは3人でやっていて、他の2人に劣るんで、そういう面ではつらかったです。「申し訳ないなぁ」と思って。
卒業間際くらいから、出材の仕事をしている会社のお手伝いをということで、利用間伐の仕事をした。

山火事跡地の仕事は梅雨時にはやってたかなぁ。その仕事はチェーンソーの使い方の練習にはなった。

寺:技術的な不安はどうやって払拭されたんですか?

山:んー。NPOやってて非常に良かったなぁと思うのは、組合さんとかだと人工林の仕事しかないところが、 いろんな仕事をやらしてもらえるというところで、森林の景観整備やったり、調査だったり、そういう意味では、僕がもともと環境を守る仕事をしたいなと思ったところに 当てはまるところが多くて、放置人工林の間伐というのも一つそうだと思うし、そういう意味ではやりがいがあったなぁと。 既成の組織のことは良く知ってるわけじゃないけど、そういうところだとそういう仕事しかやれんかったと思うし。

寺:立上げからやってて良かったというのは、なんですか?

山:社会に役立ってるというか。。。景観整備してても、通る人とか、近くに住んでる人とかから直接感謝の言葉をいただけるのはすごい嬉しい。

寺:それが自分の仕事だから、自分にかえってくるんですね。

山:お金じゃない部分で満足が得られるというか。

寺:いつごろから技術的に楽にりましたか?

山:5年目くらいからかな。良くわかなんいけど。それなりに思うようにチェーンソーを動かせるようになったなというのはそれくらい。

yamanakaintbox04

寺:今年で9年になりますが、今の展開を振り返ってどうですか。

山:大げさに言えば今変革期というか。

寺:会社でも1〜2年でつぶれるところも多いじゃないですか。杣の杜が続けてこれたのは、柔軟にいろんな仕事をしてきたからだと思うんですけど、どうですか?

山:最初は県や市やら行政から仕事的な支援といいますかね。ある意味与えられた仕事が多くて。
2〜3年してから、間伐説明会とかを地域で自分らで主催してやり始めるようになって、切捨てだけど、間伐の仕事を徐々に。それがだんだんメインになるようになったので。 自分がそんなに動いたわけじゃないんで、杣の杜としての話ですけど。

寺:それは鈴木さんが言って始めたんですか?

山:その頃はまだ鈴木さんについていきます状態だったので。いい案が浮かぶほどでもなかったので。
1回目のときは、隣の公民館でやったんだけど、そのときは本当に数名の方が、、、10人もいなかったかな。結構集落全部にはチラシのとか配って家に行って回ったんだけど。
そこに来てくれた方から、徐々に周りに広がって。
で、2回目は隣の蕨生でやったんだね。そのときは組合さんから、所有者の細かい箇所があって、組合さんでやりたくなかった?たぶん。 で、いろいろ準備をして、これまた説明会を開いた方がいいだろうとなって、蕨生で説明会をして、このときは結構人来たね。2〜30名参加があった。
で、蕨生の辺りを中心に間伐やってて、それから、鈴木さんがプランナー研修を受けて、この辺の団地化(集約化)をしようという話がでてきて、 それで再度片知で説明会をやったんだと思うんだけど。
2007年〜2008年くらいの話。
あっ蕨生の後に、保木脇ってとこでも間伐説明会をして。それも20人くらいは来てたと思う。

寺:それは組合さんから?

山:それは直接あったわけじゃなくて、なんでかな?次はここだみたいなかんじかな?

寺:集約化を進めて、間伐をするのが杣の杜の中心事業になって、5年くらい経ちましたね。

山:で、ご存じのように、切捨て間伐じゃなくて、利用間伐をしてかなあかんという転換期に来たんですね。
個人的な気持ちとしては、出しをやったことがないので、またその点で不安を覚えてはいるんです。年も年なんで、体機敏に動ける状況じゃないので。 出しの現場の方が危険度が高いというじゃないですか?不安はあります。

利潤追求なら林産会社でいい。

寺:今の展開についてどう感じていますか。

山:現実を見るとそうならざるを得ないでしょうけど。林産に走ってしまうなら、林業会社にすればいいんじゃないかな。NPOとしてはどうなのかな?
ただ、広い意味で人工林だけじゃなくて、いろんなものの利用活用を考えて、おおげさに言えばそれを産業化するというのは、この片知という地域でやっていきたいという思いはあります。
今まで薪とか、チップとかはやってたけど、逆にそういうことやってなかったんで。開拓分野でしょうね。

寺:今後の展開はどうなっていくと思いますか。
杣の杜がここにある意味はかなり大きいと思うんですが。

山:存続できるならした方がいいと思います。これからの世の中、利益を求めるばっかりじゃないと思うんで。そういう考えは変えていかないといけないと思う。
そういう意味で非営利活動団体があった方がいい。地域に溶け込んで、地域を活性化できるような立場で。
できれば地域の皆さんと一緒に仕事もしていければいいと思う。なかなか今まで直接そういうことは少なかったので。緊急雇用とかで一緒にやったりすると、楽しかった。
人のつながりを大事にしながら、大儲けせずにこつこつとやっていきたいなぁ。
枝や小径木の売り先を確保していくという今やっている調査は僕も乗りたいというか。
たとえば昨年片知の『新田』を整備したけど、もうちょっとじっくり入って、実際どういうものが生えているかそれがどんな利用ができるのか。果たしてそれが売ったり買ったり、何かの価値に 代えられるのか、調べてみたい。
個人的にはそういうのが好きなんで。ま、今は趣味の段階でしかないけど、山菜撮ったり、果実酒を付けたりが好きなんで。

寺:そうなんですか。

山:なにしろお酒好きなんで。この数年はまっているのが、果実酒。サルナシ、マタタビ、これはなくなりかけてるけど。

寺:飲んでるんですか?

山:ほとんど人にあげたりするのが、楽しい。女性に人気なのがクロモジ酒。
なるべく原料の素材を生かしたいので、あまり癖のないやつ。ホワイトリカー。臭いだけでもかいでもらったらいいけど。
個人的にはクロモジは面白いと思ってて、お茶にもなるし、クロモジ茶って。 もともと、薬草図鑑見てた時に、クロモジが載ってて、枝葉を乾燥させてお風呂に入れると関節痛に効くって書いてて、そこからいろいろ調べてたら、お酒にもなるし、お茶にもなるし。 実際冬場2年くらいやってるけど、なんとなく効いてるような気がするっていう・・・。
小倉公園からしゃしゃんぼの実を採ってきて、裏山に行くと、でかいやつがいっぱい生えてて。去年採ったの11月くらいやったかな。

寺:さるなしとかまたたびはどこで採るんですか?

山:まさにここ。仕事中に・・・。マタタビも去年景観整備でツルを採ってたら、いっぱいついてたんで。 サルナシが一番うまいかな。
冬いちご、スギ林の下にいっぱい生えてて、いつも採ろうと思ってるんだけど、間伐終わるともうフラフラで。

寺:果実酒づくり失敗したことはないんですか?

山:あまりないかな。あっ最初はあるわ。山火事跡地でガマズミとナツハゼを採ってきたけどそのときは氷砂糖を入れすぎたみたいで、甘くなりすぎた。

寺:今後の山中さん自身の展開はどう考えていますか?

山:里山暮らしを学んで自分の暮らしの中にとりこんで、豊かに暮らしていきたい。

寺:うちの隣のはなちゃん(82)の話もすごく面白い。生えてる草も花も全部知ってるし、タラとかわさびとか紫蘇とか、ぱっと引いてきてうちの庭に移し替えたりしてくれる。
私から見れば、考えてないように見えるけど、本当はいつどこに移し替えればつくっていうのを知っててやってて、聞くとどんどん知識がでてくるんですよ。
それが考えてやるんじゃなくて、草取りとかも何かの合間にぱっとやっちゃう。山の暮らしが身についてるんです。私もそういう人になりたい。 でも、私は都会生まれで、そういうの身についてないじゃないですか。知識で知ってるのとは違うんだろうなと思います。

山:俺もそうや。

寺:山中さん、産まれはどこなんですか?

山:生まれは大垣市。今は宅地になってしまってるけど、昔は田んぼが広がっていて境内で虫取りしたり、小川行ってがさがさ遊びしたり。
そういうのが原体験にあるから、そういう楽しい体験を求めていると思う。
子供にはそういう経験させてあげたらいいなぁ。

寺:はい。そういう体験がないと、山や川が楽しいって想像もつかないですよね。

ありがとうございました。クロモジ酒楽しみにしています。